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【木の屋石巻水産】さんがお届けします『希望の缶詰』

津波に襲われた木の屋石巻水産。80万個の缶詰が工場内に散乱しました。
それを、ひとつひとつ拾って、泥を落とすボランティア活動がありました。

 

缶詰拾いの「カンちゃん」と呼ばれた、元ボランティアの五百田紗江(いおた・さえ)さん。
彼女は、今、石巻に住み、木の屋に就職をしています。

 

 

“出会いに感謝します”

 

私が泥まみれの缶詰の底に書かれたその言葉に出会ったのは
2011年6月末のこと。

 

石巻市魚町。

 

その名の通り、魚市場と水産加工工場が建ち並んでいたはずの地区の一角にある木の屋石巻水産。

 

フレッシュパック製法のさばやさんまの缶詰を製造していました。

 

津波で工場は被災。

 

 

 

鯨の大和煮の缶詰がデザインされた大きなタンクが300m離れた県道まで流され横たわっている様子は広く報道されました。

 

 

しかし、外壁が残った缶詰倉庫の中、瓦礫の下で、缶詰は生きていました。

 

「ラベルがはがれ、缶底の印字が消えて中味がわからない缶詰でもいいから送って!」

 

という声に応えて、社員やボランティアによる缶詰拾いが始まりました。

 

 

 

初めて木の屋を訪れた時に目にしたのは、かご、パレット、段ボール、発泡スチロール、フォークリフトなど、仕事に欠かせない資材が"瓦礫"と呼ばれるものになって、ヘドロや重油とぐちゃぐちゃになって山になっている様。

 

近づいてみると、その中に金や銀の缶詰が光っていました。

 

 

工場長の伊藤さんに大丈夫な缶詰とダメな缶詰の見分け方を教わり、缶詰を拾いあげる作業がスタートしました。

 

ヘドロの中から缶詰を拾い、泥をぬぐう。
そんな作業を繰り返している時、ある缶詰を拾い、缶の底のヘドロをぬぐうと書かれていた言葉。

 

 

それが"出会いに感謝します"でした。

 

 

見た瞬間、胸が熱くなりました。

 

 

「私たちの作った缶詰を手にとってくれてありがとうという気持ちを込めて書いたんだよ。
たくさんの缶詰の中から自分たちの商品を選んでもらうって"出会い"でしょう?」と伊藤さん。

 

作業に通う中で感じたのは、社員のみなさんの自分たちの仕事への誇りと、作ったものに対する愛情でした。

 

 

作業終わりには、その日来たボランティアさんたちに、売りには出せないけど食べても大丈夫な缶詰をお土産に持たせて下さいました。
「美味しいから食べてみて。工場を再建してまた缶詰が作れるようになったら食べ比べてみてね」と言って。

 

80万缶とも100万缶とも言われた缶詰を拾いあげる作業が終わったのは8月3日。

 

"最後の一缶"を拾わせていただいた上に、社員の方々の寄せ書きもいただきました。

 

 

私は毎日少しずつ瓦礫の山が小さくなっていくのが嬉しくて、

 

社員の皆さんと話すのが楽しくて、

 

おすそ分けでいただく缶詰が美味しくて、

 

代わる代わる来るボランティアさんたちと、木の屋の社員の方が繋がりをもってくれるのが嬉しくて、

 

一ヶ月と少しの間、木の屋に通っていただけだったのに、たくさんの"ありがとう"の言葉をいただいて、
本当に嬉しくて、この出会いに心から感謝しました。

 

 

作業に通う中で、いちばんお世話になったのが工場長の伊藤さんでした。

 

震災の前の年に余命2年の宣告を受けていた伊藤さん。

 

不自由のある体でも、いつも笑顔で、作業にきたボランティアさんたちに丁寧に真摯に対応して下さって、鯨の話、缶詰の話、石巻の話などいろいろな話をして下さいました。

 

そして誰よりも目を輝かせて、"これから"の話をしていました。

 

 

2012年8月6日。伊藤さんが亡くなりました。

 

覚悟はしていたものの、本当に悲しくて。

 

10月になって木の屋が社員を募集しているという話を聞いた時、すぐ手を挙げた理由のいちばんは、伊藤さんが大切にしていた場所で、伊藤さんが見たかったものを見たいと思ったからでした。

 

2011年11月に拾いあげた缶詰を洗う作業を終え、委託で鯨の大和煮の缶詰の生産を再開していました。

 

2013年2月、魚町本社工場が完成し、缶詰と並んで木の屋の仕事の柱である"春漁"の仕事を再開しました。毎年3月始め頃にスタートする"春漁"。主にいさだ、小女子(こおなご)を獲ります。そこには私がボランティア活動を通じて知り合った漁師さんも多く携わっています。

 

 

漁師が魚を獲って、水揚げをして、買い付けをして、加工して、販売する。この流れで魚町は成り立っています。

 

石巻で繋がりをもった人たちと、この流れの中で共に生きていることを実感しながら、日々仕事ができることは、この上ない幸せです。

 

2013年3月には缶詰の製造を主に行う美里町工場も完成し、看板商品である缶詰の自社生産を再開できました。

 

 

春漁に始まり、いわし、さんま、さばと石巻で水揚げされた魚をその日のうちに缶詰にするフレッシュパックの缶詰を作りながら、水揚げのない時期は、鯨、鮭の中骨、カレイの縁側などの缶詰を作るという本来の流れを取り戻しつつあります。

 

生産できる缶詰のラインナップも増えてきました。
7月11日には魚町第二工場も竣工し、ハード面での"復興"は果たしつつあります。

 

 

これからも、木の屋の商品と出会っていただいたすべての方々への感謝を胸に、本当に多くの支援に支えられて取り戻すことができた"仕事"に精進したいと思います。

 

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