石巻通心


2014年11月の舞台【キッカケの場所 〜いつかのジブン〜】で伝えた25枚の写真は、3人の写真家が、石巻という町を見続け、石巻の人と向き合い続けてきた写真です。

 

【Every moment is precious】

 

 

 

この25枚の写真を撮った3人です。

 

この3人のプロフィール写真・・・悪そうだ。カタギに見えない。

 

一番左の上野祥法(ウエノ ヨシノリ)君は、コロンビアあたりで捕まった密輸商にしか見えない。

 

真ん中の鈴木省一(スズキ ショウイチ)君は、初めて入った空き巣の家で、買い物から帰ってきた主婦に捕まった気弱な男に見える。

 

そんな2人が刑務所に入る前に写真を撮ってあげてる陽気な日系メキシコ人に見えるのが、平井慶祐(ヒライ ケイスケ)君。

 

 

3人とも共通して、石田純一とは違った意味で靴下を履いてない。ヨシノリ君に至っては完全なる裸足だ。きっと熱いんだと思うのです、カラダもハートも。

 

 

そんな3人が、『あの頃』を伝え『今』を感じ『これから』を想像してもらえる25枚の写真を収めた写真集【Every moment is precious】は、収められたすべての写真にキャプション(説明)が付けられています。

 

いつ、どこで、どんな状況でシャッターを切ったのか、その時の写真家の想いを丁寧に伝えてもらいました。

 

 

 

当たり前だが、3人の写真家にも『写真は、見た人それぞれの想いで感じてくれればいい』という思いがあります。

 

 

ただ今回は、写真を見て感じた事を、全て感じた人にゆだねるのではなく、伝えたいと思った事を、思った人が丁寧に届けて欲しいと思い、この写真集を製作しました。

 

 

 

 

その届け方は三者三様でした。

 

 

ヨシノリ君は、写真に写ってる『あの頃のあの人』に手紙を書くように

 

ショーイチ君は消えていく風景と、これからうまれる風景の先で暮らしている人たちの想いを

 

ケイスケ君は、家族のように一緒に過ごした人たちとの時間の中で聞こえた声を届けています。

 

3人は『向き合う』という覚悟を持っているような気がしました。

 

この写真集は、何度も読んで欲しいです。飾っておくのではなく、ボロボロになるまで読んで欲しい写真集です。震災から4年が過ぎ、この写真と言葉は『あの頃』を、より深く知る事が出来ると思っています。

 

 

                                                    福島カツシゲ

 

 

 

 

2011年4月。再開した青果店に買い物に来ていた同級生の3人。
被災後はじめて互いの安否を確認出来た瞬間、彼女たちから出た「あんた、生きてたの」という言葉。あの頃、きっとたくさんあった風景です。
ただ、避難所で家族や友人の安否を確認した人たちは、声を上げて喜ぶ事は出来なかった。まだ喜ぶ事も悲しむことも出来ない人たちが、たくさんいる避難所では、ただ、黙って強く抱き合って喜んだ。そんな人たちが、たくさんいた。
再開した青果店の前、声を出し手を取り合って喜ぶ事が出来た3人の写真です。

 

 

『a day in the Life』  上野祥法

 

 

被災直後の石巻。いくつかの避難所には自衛隊が設置した給水所があり、たくさんの人たちが水を汲みにきていました。
写真に写る君は、母の背負う水を詰めたペットボトルの重みを気遣っていましたね。自分のリュックにも満タンの水が何本も入っていたのにね。ある避難所の体育館でうなだれる父に「頑張っちゃ!父ちゃん!」と声をかける君を見かけました。校庭が少しずつ綺麗になると、そこかしこでサッカーや野球に興じる君たちを見ました。 僕たちは、いつも君たちの姿に未来を感じていました。 君たちや君たちの子どもが生きてゆく街を、その土台を僕たちがしっかり作って君たちに渡さなければいけ ないと強く感じました。

 

 

 

ショーイチ君が、石巻の朝の風景を撮り始めたキッカケは、地元の人の言葉でした。
「無くなってしまうと、何十年とこの街に暮らしている私たちでも、そこに何があったのかわからなくなるの・・・。」
消えゆく景色、そこにあり続ける景色、新しく始まる景色を、残したい、残さなくてはと強く思ったのがキッカケでした。

 

『いしのまきのあさ』  鈴木省一

 

 

 

もうなのか、まだなのか
「3年も経ってるのにまだこんなだよ。もう限界かもしれない。」
防潮堤、嵩上げ、高台移転・・・
また起こるであろう災害に備えた工事が進んでいる。
しかしそれは、今この街で暮らす人たちにとっては苦痛を伴う。
守るべきものは何なのか。
工事が完了した時、はたしてこの街に何が残っているのだろうか。

 

2014年3月11日 石巻市雄勝町 硯上山

 

 

 

『Life is still Wonderful』  平井慶祐 

 

渡波保育所は、家族のような雰囲気の小さな避難所でした。大切な人を失った2組の家族と長く向き合い、今も、そして、これからもずっと繋がっていく大切な家族です。

 

 

 

親友を失った充は、震災後、遺体安置所で働いていました。なんとしても自分で親友を見つけ出すために、そこにいるのが一番だと思ったからでした。
でも、見つかりませんでした。見つけることが出来ませんでした。

 

『あいつ、いつになっても電話にでねぇんだよな。』

 

そう言ってました。その年、充は海苔漁を再開出来ませんでした。
焦る気持ちもありましたが、再開するには船も機械も、気持ちもすべてが整いませんでした。
震災から1年、コツコツと準備を進め、漁の再開を決めました。

 

『よし!もう一度家族と一緒に。』

 

一歩ずつでいいから歩いて行こうと、家族全員の気持ちがスタートラインに立ったのを見計らってそう決めたんだと思います。

 

海に出る直前、親友が見つかったと連絡がありました。

 

『きっと、そろそろ仕事に集中しろやって、アイツが言いに来たんだと思うんだ。』

 

充は、そう言ってました。

 

『仕事はやっぱり、おもしろおかしくやるもんじゃないかな。あと何十年か海苔漁師やって、死んで天国に行った時に、あいつに、「おめぇ何やってたんだ!」って怒られ無いように。「おめぇよくやったなぁ〜。見てたぞ!」って言ってもらいたいんだよね。』

 

そう言って、充は海に出ていきました。

 

 

3人の写真家が伝えたかった、あの時の想い。25枚の写真。すべてに伝えたい想いを書きました。

 

 

 

是非、手にとって感じていただければと思います。

 

 

1冊1500円(送料込み)
お問い合わせ info@ema-creative.jp

 

これまでに3人が撮ってきた伝えたい想い。